― 最初の判断が、その後のすべてをつくる ―


4月。新しい学年、新しい子どもたち。
この時期の教師は、毎日が判断の連続です。
• 最初の自己紹介、どこまで砕けるか
• 席替えはいつやるか
• 掃除の仕方、どこまで細かく指導するか
• 叱るか、見逃すか、あとで声をかけるか

そんな一つひとつの“ちょっとした選択”が、数ヶ月後のクラスの雰囲気にまで影響することを、現場の先生なら誰もが実感しているのではないでしょうか。

この「最初の判断が流れを決める」という感覚。
実は、心理学の世界でも似たような理論があります。

その名も、ファーストチェス理論(First Chess Theory)。

ファーストチェス理論とは何か?


ファーストチェス理論とは、アメリカの心理学者アドリアン・ド・グルートの研究を基にした概念で、簡単にいえば、

最初の直感的判断が、その後の選択の質を大きく左右する

という考え方です。

チェスのプロ棋士に実験を行った結果、あることが分かりました。
彼らは

「最初に思いついた手(直感)」と「熟考の末に選んだ手」が、ほぼ同じだった

というのです。

つまり、一流のプレイヤーほど、“最初に感じ取った全体像”にすでに価値判断が含まれている。
そのため、後からいくら考えても、大きくは変わらない。

この理論は、実は医療・経営・スポーツなどさまざまな分野に応用されており、判断の初動がいかに大切かを教えてくれています。


教育現場における“最初の判断”


では、これを学級経営に当てはめてみましょう。

1. 最初の対応が、子どもの行動を形づくる

たとえば、ある子が授業中に少しだけおしゃべりをしたとします。
そのときに「注意する」「スルーする」「あとで個別に声をかける」――
教師の選択肢はいくつもあります。

この最初の判断が、その後の子どもの動き方やクラスの空気を決めてしまうことがあるのです。

「この先生はどこまで見てるのか」
「どこまでがOKで、どこからがアウトか」
子どもたちは、“教師の最初の手”からそれを鋭く読み取ります。


2. 最初の関係性が、その後の距離感を決める

新年度の最初に、「怖い先生」になった先生が、後から「優しい先生」になるのはなかなか難しい。
逆に、「最初からなあなあ」に見られた先生が、途中で厳しさを加えるのも難しい。

これは、子どもとの関係構築の初動に大きな影響を与えています。
つまり、最初の数日間で、子どもは教師の“輪郭”を決めてしまうのです。

3. 最初のルールは、やり直しが効きづらい

たとえば、
• 忘れ物をしても指導されなかった
• 始業チャイムに遅れても何も言われなかった
• 提出物が遅れても許された

こういった“黙認”が数回重なると、それが「このクラスの文化」として定着してしまいます。

後から直そうとすればするほど、反発やギャップが生まれ、「今さら?」という空気になる。

これも、ファーストチェス的な構造です。
最初の判断が、“その後の基準”になってしまうのです。

ファーストチェス理論が教えてくれる3つの教訓


ここで、学級経営に活かす上で重要なポイントを3つに整理してみます。

① 最初の判断は“試合開始”ではなく、“布石”と捉える

4月の行動ひとつひとつは、単なるスタートではありません。
それは、子どもたちが「このクラスはどんな空気か」「どんな先生か」を構築していく、布石(フレームづくり)です。

最初の判断は、“小さな選択”に見えて、実は“土台づくり”なのです。


② 「考え抜く」より、「準備しておく」

ファーストチェス理論では、「最初の直感が強い」のは、“経験に基づいているから”と説明されます。

つまり、現場でもとっさの判断が問われるときほど、「事前に考えておいたこと」が役に立つということ。
• 「こんな場面では、こう対応する」
• 「この子がこう動いたら、次にどう声をかけるか」

教師としての経験の蓄積や、先輩の実践の共有が、こうした“直感の質”を高めてくれます。


③「最初に戻る」ことはできないが、「方向を変える」ことはできる

たとえ、最初の対応がうまくいかなかったとしても、学級は“修正可能”です。

でも、それにはエネルギーが要ります。
最初の判断と違う方針をとるには、“説明と対話”が必要です。

「ここまでのやり方を見直すよ」
「今までは〇〇だったけど、ここからは△△を大事にしたい」

そうやって方向を変えるには、教師自身が自分の判断を振り返り、言語化できることが大切です。


学級経営は、チェスではない。でも、“読み”は大切だ


もちろん、学級経営はチェスではありません。
正解があるわけでもなければ、相手はルールどおりに動いてくれる駒でもありません。

でも、「最初の手が、その後の展開を決めていく」という意味では、共通するところがあります。
• 初日の表情
• 最初の問いかけ
• いちばん最初の“叱り方”
• 一番最初に笑ったタイミング

そういうすべてが、子どもたちの心に残り、クラスという“空気”を形づくっていく。


おわりに:大切なのは、「最初を大切にする姿勢」


ファーストチェス理論は、「最初の判断が大切だ」と語ります。
でもそれは、決して「失敗するな」ということではありません。

むしろ、「最初の選択が持つ意味を知っておこう」という姿勢こそが、大切なのだと思います。

学級経営において、毎年ゼロから始まる“最初の一歩”。
その一手一手が、子どもたちとの信頼を紡ぐ布石になるように、
今日の選択を、明日をつくる「最初の判断」として、丁寧に置いていきたいものです。